下げ続けた株が、ある日大きな出来高を伴って安値を更新する。売りたい人が一斉に投げ、そこで需給が一転して反発に向かう――セリングクライマックスと呼ばれる現象です。底打ちのサインとして語られることも少なくありません。
これを東証全銘柄で確かめました。2022年10月3日から2026年8月8日までに発生した52週安値の更新は59,696件(3,839銘柄・941営業日)。これを出来高の膨らみ方で切り分けています。
そのまま集計すると、通説は見事に裏づけられます。出来高が3倍以上に膨らんだ安値更新の20営業日後は+5.392%・勝率62.8%。市場全体の+1.299%を4倍以上も上回る数字です。
ところが、この結果には裏がありました。発生が多かった上位3日を除くと、+1.421%まで落ちます。市場全体とほぼ同じ水準です。何が起きているのか、順に見ていきます。
1.検証ルール
集計条件をすべて開示します。
- データ:東証全銘柄の日足(株式分割の影響を除いた調整後株価)。出来高がゼロの日は除外
- 期間:2022/10/03〜2026/08/08(941営業日)
- 52週安値の更新:当日終値が、直前250営業日(当日を含まない)の終値の最安値を下回った日
- 出来高倍率:当日出来高 ÷ 直前20営業日の平均出来高(当日を含まない)
- 連続更新日数:安値の更新が何営業日続いているか。間が空けば1日目に戻る
- リターン:その日の終値で買ったとして、翌日寄付き・翌日終値・5営業日後・20営業日後
- 比較対象:同じ期間の全銘柄全日(4,010,554件)の平均(市場全体)
- 頑健性の確認:安値更新が集中した上位3営業日を除いた再集計
2.そのまま集計した結果
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| 区分 | 件数 | 翌日寄付き | 翌日終値 | 勝率 | 5営業日後 | 勝率 | 20営業日後 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1倍未満 | 20,385 | +0.087% | +0.049% | 48.4% | +0.224% | 50.2% | +1.952% | 53.0% |
| 1〜1.5倍 | 14,595 | +0.150% | +0.163% | 49.6% | +0.401% | 52.0% | +1.815% | 56.6% |
| 1.5〜2倍 | 8,681 | +0.203% | +0.194% | 50.4% | +0.901% | 53.6% | +2.750% | 57.5% |
| 2〜3倍 | 7,765 | +0.326% | +0.257% | 49.7% | +1.496% | 55.0% | +3.588% | 59.4% |
| 3倍以上 | 8,270 | +0.754% | +0.830% | 55.2% | +2.736% | 57.8% | +5.392% | 62.8% |
| 安値更新すべて | 59,696 | +0.243% | +0.233% | 50.1% | +0.879% | 52.8% | +2.724% | 56.7% |
| 市場全体(比較用) | 4,010,554 | +0.101% | +0.067% | 48.0% | +0.331% | 51.1% | +1.299% | 53.4% |
出来高倍率が上がるほど、あらゆる指標が改善していきます。20営業日後は1倍未満の+1.952%から、3倍以上では+5.392%へ。勝率も53.0%から62.8%へと上がります。
翌日終値で見ても、3倍以上は+0.830%・勝率55.2%。5営業日後は+2.736%です。安値更新すべての平均+2.724%も、市場全体の+1.299%を大きく上回っています。
ここまでなら「セリングクライマックスは実在する」という結論になります。件数も8,270件あり、少なすぎるということもありません。
3.発生日を調べると景色が変わる
本サイトの検証では、極端に良い結果が出たときに必ず確かめることがあります。そのシグナルがいつ発生したのかです。
52週安値の更新59,696件を発生日ごとに数えたところ、次のようになりました。
- 2024/08/05(2021件)
- 2025/04/07(1592件)
- 2025/04/04(685件)
この3日だけで、全体の7.2%を占めています。941営業日のうちのわずか3日にです。いずれも市場全体が急落した日にあたります。
市場が急落すれば、多数の銘柄が同時に安値を更新し、出来高も一斉に膨らみます。そしてその後、市場全体が戻れば、それらの銘柄も一緒に戻る。個別銘柄の需給が転換したのではなく、市場全体が反発しただけという可能性が出てきます。
4.その3日を除くと何が残るか
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| 区分 | 期間 | そのまま | 上位3日を除くと | 変化 |
|---|---|---|---|---|
| 52週安値の更新すべて | 5営業日後 | +0.879% | +0.122% | -0.757pt |
| 52週安値の更新すべて | 20営業日後 | +2.724% | +1.522% | -1.202pt |
| うち出来高3倍以上 | 5営業日後 | +2.736% | +0.224% | -2.512pt |
| うち出来高3倍以上 | 20営業日後 | +5.392% | +1.421% | -3.971pt |
※市場全体の20営業日後は+1.299%
結果は明確です。出来高3倍以上の20営業日後は+5.392%から+1.421%へ。5営業日後にいたっては+2.736%から+0.224%と、ほぼゼロまで落ちました。
市場全体の20営業日後が+1.299%ですから、3日を除いた後の「セリングクライマックス」は、市場平均と変わらないということになります。
安値更新すべてで見ても、5営業日後は+0.879%から+0.122%、20営業日後は+2.724%から+1.522%へ低下しました。
年別に見ると、この構造がさらにはっきりします。5営業日後は2022年+0.030%、2023年+0.543%、2024年+1.604%、2025年+1.687%、2026年-0.001%。急落のあった年だけが突出し、それ以外の年はほぼゼロです。
5.連続更新日数では差がつかない
もう1つの軸も見ておきます。安値の更新が何日続いているかです。
| 区分 | 件数 | 翌日寄付き | 翌日終値 | 勝率 | 5営業日後 | 勝率 | 20営業日後 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1日目 | 33,207 | +0.307% | +0.243% | 50.7% | +0.849% | 53.0% | +2.691% | 57.1% |
| 2日目 | 14,354 | +0.169% | +0.153% | 49.4% | +0.835% | 52.2% | +2.777% | 56.5% |
| 3日目以上 | 12,135 | +0.154% | +0.302% | 49.1% | +1.017% | 53.0% | +2.753% | 55.9% |
| 市場全体(比較用) | 4,010,554 | +0.101% | +0.067% | 48.0% | +0.331% | 51.1% | +1.299% | 53.4% |
1日目+2.691%、2日目+2.777%、3日目以上+2.753%。ほとんど差がありません。
これは新高値の場合と対照的です。52週高値の更新では、1日目と3日目以上で明確な差が出ていました。安値側では、久々の安値も下げ続けている最中の安値も、その後の値動きに違いが見られなかったということです。
6.この検証の限界
結果を使う前に、次の点をご承知おきください。
- 上位3日を除く手法は目安です。何日除くかに絶対の基準はありません。ただ、3日を除いただけで結論が変わるということ自体が、元の数字の不安定さを示しています
- 売買コストを含みません。手数料やスプレッド、実際に約定できるかは考慮していません
- 終値ベースの判定です。ザラバの安値ではなく終値の最安値と比較しています
- 上場廃止の扱い。データが途切れた銘柄のその後は追えていません。下げ続けて上場廃止に至った銘柄が抜け落ちている分、実際より良い数字になっている可能性があります
7.よくある質問(FAQ)
Q. セリングクライマックスとは何ですか?
A. 下落の最終局面で売りが一気に出て、その後に反発する現象を指します。大きな出来高を伴って安値を更新した場面が、それにあたるとされます。本記事では52週安値の更新を出来高の多さで分けて、この見方を確かめました。
Q. 出来高を伴った安値更新は買いですか?
A. そのまま集計すると、出来高3倍以上の20営業日後は+5.392%・勝率62.8%と非常に高く出ます。しかし発生が多かった上位3日を除くと+1.421%まで落ち、市場全体の+1.299%とほぼ同じになります。
Q. なぜ3日を除くだけでそこまで変わるのですか?
A. 52週安値の更新59,696件のうち、7.2%が2024/08/05(2021件)、2025/04/07(1592件)、2025/04/04(685件)の3日に集中しているからです。市場全体が急落した日には、多数の銘柄が同時に安値を更新します。その後の全体的な戻りが、平均値を押し上げていました。
Q. では、まったく意味がないということですか?
A. 上位3日を除いた後でも、出来高3倍以上の20営業日後は+1.421%で、市場全体の+1.299%と同程度です。大きく負けるわけではありませんが、わざわざ安値更新銘柄を選ぶ理由も見当たらない、という結果です。
Q. 連続して安値を更新している銘柄はどうですか?
A. 新高値の場合とは違い、連続日数による差はほとんどありませんでした。1日目の20営業日後+2.691%、2日目+2.777%、3日目以上+2.753%です。
Q. 翌日の寄付きだけ高いのはなぜですか?
A. 出来高3倍以上の翌日寄付きは+0.754%と、市場全体の+0.101%を大きく上回ります。売られすぎた銘柄に翌朝の買い戻しが入る形です。ただしこの数字も、上で述べた数日の急落局面が押し上げている点に注意が必要です。
Q. この検証結果をどう使えばよいですか?
A. 「大商いを伴った安値更新は買い」という判断の根拠としては弱い、というのが結論です。もし使うのであれば、それが市場全体の急落局面なのか、その銘柄固有の事情による安値なのかを区別する必要があります。前者であれば、買っているのは個別銘柄ではなく市場全体の反発ということになります。
8.まとめ
59,696件の52週安値更新を数え直してわかったことを整理します。
- そのまま集計すると、通説どおりの結果が出ます。出来高3倍以上の20営業日後は+5.392%・勝率62.8%と、市場全体の+1.299%を大きく上回ります
- しかし7.2%が3日に集中していました。2024/08/05(2021件)など、いずれも市場全体が急落した日です
- その3日を除くと+1.421%。市場平均と変わらない水準まで落ちます。5営業日後は+0.224%とほぼゼロです
- 連続更新日数による差はありません。1日目も3日目以上も同程度でした
「大商いを伴った安値更新は買い」という考え方が、まったくの誤りだとは言えません。ただ今回のデータが示していたのは、その好成績のほとんどが、市場全体の急落と、その後の全体的な戻りで説明できるということでした。
言い換えれば、セリングクライマックスを狙って個別銘柄を買っていたつもりでも、実際に買っていたのは市場全体の反発だった、ということになります。
ある手法が高い成績を示したとき、その成績がいつ作られたのかを確かめてみてください。数十件の出来事に支えられた平均値は、次に同じことが起きるまで再現されません。
「株システムトレードの教科書」の記事は、機関投資家出身・証券アナリスト検定会員の西村剛が、統計データ・システムトレード・ファンダメンタルズを融合して解説しています。
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